WEB相談室

Webページ作成に関しての何でも掲示板です。

タイトル:ウインドウサイズ自動変更の是非

どい [WriteDate : Fri Jun 8 08:07:57 2001]

教えてください。
どうしてウインドウサイズを自動変更(固定)すると閲覧者は
よい印象を持たないのですか?

そのサイトに行ったときのウインドウをそのまま残して、
新しくオープンした子ウインドウで自分のコンテンツを見せて、
そこからぬけるときに子ウインドウを閉じる
という方法でもいい気分はしないものなのですか?

自分のサイトでそうしているので客観的に見れません。
また、そういったサイトに出会ってもいやだと思わないし、
むしろデザインにたいするこだわりを感じてほほえましいです。

またいろいろな環境の人がいることは知っていますが、
めんどくさいのでいろいろな環境の人が見れるように
しようとする気がもともとないです。

この根性は腐っていますか?
私が気づきもしない重大で深刻な弊害があるのなら変更を検討したいので教えてください。
お願いします。


YK [WriteDate : Fri Jun 8 10:20:09 2001]

>ウインドウサイズを自動変更(固定)すると閲覧者はよい印象を持たないのですか?
基本的には、いきなり、自分の環境を他人に変えられるのは、いい気分はしませんね!

>めんどくさいのでいろいろな環境の人が見れるようにしようとする気がもともとないです。
基本的には、個人の自由ですが、できれば、一人でも多くの人に見てもらいたいと思いませんか!


バギンズ [MAIL] [URL] [WriteDate : Fri Jun 8 13:52:23 2001]

>>どうしてウインドウサイズを自動変更(固定)すると閲覧者はよい印象を持たないのですか?
>基本的には、いきなり、自分の環境を他人に変えられるのは、いい気分はしませんね!
私もYKさんと同じ意見です。

>そのサイトに行ったときのウインドウをそのまま残して、
>新しくオープンした子ウインドウで自分のコンテンツを見せて、
>そこからぬけるときに子ウインドウを閉じる
>という方法でもいい気分はしないものなのですか?
それはサイトの作りの問題です。
もしTopページのonLoad等でそれをやるなら、やはり不快に思う人がいるでしょうね。
私個人としては、無料Webページサイトによくあるポップアップ広告も嫌いです。(サイト管理者のせいではないと思いますが、できるだけそういうサイトは避けるようにしています)

>めんどくさいのでいろいろな環境の人が見れるようにしようとする気がもともとないです。
個人サイトにおいては、サイトの作り自体は作る人の自由ですので、閲覧したいと思った人だけに閲覧してもらえばいいと思うのは間違っていないとおもいます。
そうは思わない方もいらっしゃるようですが、私の個人的意見としてはかまわないと思います。
(但し、公共サイトまたは公共性が高いサイトでそれをやると問題があるかもしれませんけど)


ブラウザのウィンドウサイズをWebサイト側が勝手に替えるのを不快と思う人もいるってだけの話です。
不快と思う人もいるって事を知っていて、ブラウザのウィンドウサイズを変更したいのなら、それはそれでいいと思います。
(そのサイトがいやな人は行かなければいいだけです)
不快と思う人もいるって事を知らない人に教えてあげるのは悪いことではないですよね?

>私が気づきもしない重大で深刻な弊害があるのなら変更を検討したいので教えてください。
弊害といえるかどうか解りませんが、たしかウィンドウをリサイズするとネスケ4.xでリロードがかかったと思いますよ。


カヅサツ [MAIL] [URL] [WriteDate : Fri Jun 8 14:56:46 2001]

> どうしてウインドウサイズを自動変更(固定)すると閲覧者は
> よい印象を持たないのですか?

ウィンドウサイズの固定は、閲覧者が読みやすいサイズにしているものを
変えるというものです。なるほど、たしかに「そのサイトでは」
そのサイズが閲覧しやすいのかもしれません。
ですが、さらにそのサイトから別のサイトに行くとき、
また一々リサイズを要求したり、別のウィンドウを開く
(閉じる)ことを要求することになります。
要するに「かったるい」ので、「ボクは」良い印象を持ちませんし、
たぶん、同様の感想を持っている方も多かろうと想像します。

> そのサイトに行ったときのウインドウをそのまま残して、
> 新しくオープンした子ウインドウで自分のコンテンツを見せて、
> そこからぬけるときに子ウインドウを閉じる
> という方法でもいい気分はしないものなのですか?

リソースを食うので勘弁して欲しいというのが正直なところです。

じゃぁ別窓を表示しないようなブラウザ(Lynx など)で見ろとか言われそうですが、
そういうサイトは別の原因で、しばしばそういうブラウザに対し
「優しくない」ので、ニッチもサッチもいかないことがあります。
や、「見なかったことにする」でいいんですが。

どうしてもリンク先を別ウィンドウで見る必要がある時は、
コンテクストメニュー(右クリックから出るメニュー)で
「新しいウィンドウで開く」などの手段が閲覧者側にありますから、
そんな余計なことをわざわざしないでも、とは思います。

しかしながら、

> めんどくさいのでいろいろな環境の人が見れるように
> しようとする気がもともとないです。

こういう思想であれば、ウィンドウサイズの固定だろうがなんだろうが、
好きになされるとよろしいと思います。
WWW (HTML)の本質からは外れている、ことだけは確かですが、
外れていることによる弊害を覚悟完了済みなら、いいんじゃないでしょうか。

多数派のことだけ考えていればラクな生き方ですしね。


[MAIL] [WriteDate : Fri Jun 8 20:52:03 2001]

Webページをデザインするという行為は、少なからずユーザの自由を制限する行為である、と僕は考えます。

例えば、製作者がWebページの背景と文字の色を決めることは、ユーザが自分の好きな色でページを閲覧する自由を制限しますし、製作者がページ全体の文字サイズを変えることは、ユーザが好きな文字サイズで閲覧する自由を制限します。

ですから、ユーザにとっての「良いWebページ」とは自分が支払った自由の価値以上の何かを与えてくれるページであり、「悪いWebページ」とはユーザから奪った価値に見合うものを与えてくれないページ、ということになります。

したがって、Webページの製作者は、「自分のデザインがユーザの自由をどの程度制限するのか、そしてその代価としてユーザに何を与えられるのか?」を十分に検討する必要があるのではないでしょうか。
(以上、前置き)


> どうしてウインドウサイズを自動変更(固定)すると閲覧者は
> よい印象を持たないのですか?

WinにしてもMacにしても、ほとんどのアプリケーションソフトはウィンドウ単位で動いてますよね。だから僕は、「原則として、アプリケーションはウィンドウの外側に影響を及ぼさない」という認識を持っています。

それはつまり、「ブラウザのウィンドウの内側はページ製作者のものだが、ウィンドウの外側(つまりデスクトップ領域)は僕の領域である」ということでもあります。

したがって、勝手にウィンドウを開かれると、僕の領域を不当に侵されたような感じがするので、あまり良い気分ではありません。その上、好きなウィンドウサイズで閲覧する自由まで奪われるワケで、これはもうよほどの見返りが無いかぎり、「僕は」良い印象を持ちようがありません。

ただ、僕の場合、新しいウィンドウを「勝手に」開かれるのが嫌いなだけで、何らかのアナウンスや、僕自身の操作の後で、新しいウィンドウが開くのであればあまり悪い印象はありません。(つまり「勝手に」でなく「合意の上」であればOK)


余談ですが、デザインというのは製作者が意識する以上に多くのことを雄弁に語ります。

> めんどくさいのでいろいろな環境の人が見れるように
> しようとする気がもともとないです。

見る人が見ればこういう態度は一発で見抜かれますよ。


どい [WriteDate : Sat Jun 9 00:37:59 2001]

みなさんご回答ありがとうございました。

ウインドウサイズを自動変更(固定)は主として閲覧者の感情的な
観点において好ましくない事なのだ、と私は受け取りました。
そして、不快に感じる人も少なからずいると知ったので、少しだけ
考慮しようと思います。

あまりスマートではないですが、トップページに私の主張を述べて
それでも閲覧したい方はボタンを押して次に進む
(ボタンを押すと自動的に新しいリサイズされたウインドウをオープンする)
事にしてもらう方法に変更しました。

ところで、カヅサツさんのおっしゃる「WWW (HTML)の本質」は
よくわからないのですが、アクセシビリティのことを
指しているのでしょうか? よかったら教えてください。


risk [WriteDate : Sat Jun 9 03:12:55 2001]

>ウインドウサイズを自動変更(固定)は主として閲覧者の感情的な観点において好ましくない事なのだ、と私は受け取りました。
ユーザビリティの観点から好ましくないことを具体例をあげられて説明されている方もいらっしゃいますが、そちらの意見はどうですか。

>トップページに私の主張を述べてそれでも閲覧したい方はボタンを押して次に進む(ボタンを押すと自動的に新しいリサイズされたウインドウをオープンする)事にしてもらう方法に変更しました。
対処法としては成り立っているのではないでしょうか。


謎の人R [WriteDate : Sat Jun 9 05:38:20 2001]

>そこからぬけるときに子ウインドウを閉じる
>という方法でもいい気分はしないものなのですか?
絶対的なものではありません。いい気分がしない人たちもいる、ということです。実際、

>むしろデザインにたいするこだわりを感じてほほえましいです。
と感じる人たちもいます。

但し、個人的には、いい気分がしない人たちが多いのでは?と思います。

これも主観的な意見ですが:
・Webページの制作がメイン or 制作を始めた人 or Web閲覧初心者
→好意的な見方
・情報収集がメイン or Web制作&閲覧になれた人たち
→否定的な見方

が成り立つような気がします。

ただし:
>この根性は腐っていますか?
とはいえません。少なくとも個人的に制作するサイトにおいては、製作者が望む表現を追及すれば良いのです。「自分のやりたい表現」を犠牲にする必要は決してありませんし、あるいは自分が負担に感じる配慮まですることはありません。

その意味では、カヅサツさんの:
>多数派のことだけ考えていればラクな生き方ですしね。

は、少し皮肉がこもっていて、ややオーバーラン?の気がしました。
#全般的には、カヅサツさんに同意見です。

また、同じ意味で:
>あまりスマートではないですが、トップページに私の主張を述べて
>それでも閲覧したい方はボタンを押して次に進む

に変更されたのは、自己表現を犠牲にしすぎではないのかな?と感じました。

要するに:
>外れていることによる弊害を覚悟完了済みなら、いいんじゃないでしょうか。
これに尽きると思います。つまり、「やりたいようにやるのがよい」のです。わかっててやるなら、サイズ変更をどんどんすれば良いし、不快に思う閲覧者が気になるなら、しなければいい、それだけです。


ところで余談ですが:
>それはつまり、「ブラウザのウィンドウの内側はページ製作者のものだが、ウィンドウの外側(つまりデスクトップ領域)は僕の領域である」ということでもあります。

個人的には印象に残る表現でした。


WAVE [WriteDate : Sat Jun 9 06:23:27 2001]

>> むしろデザインにたいするこだわりを感じてほほえましいです。
> ・情報収集がメイン or Web制作&閲覧になれた人たち
> →否定的な見方

これは言えてますね。
だからこのような場所でURLを書けない(提示できない)質問者、初心者も出てるのではないですか?
実際、何を言われるか怯えながら質問してる初心者は多いと思いますよ。


どい [WriteDate : Sat Jun 9 15:03:36 2001]

みなさんどうもありがとうございます。
ぼんやりとですが、インターネットの公共性といったようなもの
と関連づけて考えなければいけないのかなと思い始めました。

riskさんへ
>ユーザビリティの観点から好ましくないことを具体例をあげられて説明されている方もいらっしゃいますが、そちらの意見は
>どうですか。

ユーザビリティの観点とはカヅサツさんのおっしゃった

>ですが、さらにそのサイトから別のサイトに行くとき、
>また一々リサイズを要求したり、別のウィンドウを開く
>(閉じる)ことを要求することになります。
>要するに「かったるい」ので、「ボクは」良い印象を持ちませんし、
>たぶん、同様の感想を持っている方も多かろうと想像します。

のことを指しているのですか?
だとしたら、カヅサツさんがおっしゃった「かったるい」から推測して、
閲覧者にとってそれほど重大で深刻な弊害ではないと判断し、
感情的な観点の範疇だと解釈しています。

また、カヅサツさんがおっしゃった

>リソースを食うので勘弁して欲しいというのが正直なところです。

については、閲覧者にとって重大で深刻な弊害にあたると思いました。
リソースの消費を気にしなければならない環境にいる人を気の毒だと
思いました。

riskさんの示したところと違うところでしたらご指摘ください。


どい [WriteDate : Sat Jun 9 15:04:18 2001]

みなさんどうもありがとうございます。
ぼんやりとですが、インターネットの公共性といったようなもの
と関連づけて考えなければいけないのかなと思い始めました。

riskさんへ
>ユーザビリティの観点から好ましくないことを具体例をあげられて説明されている方もいらっしゃいますが、そちらの意見は
>どうですか。

ユーザビリティの観点とはカヅサツさんのおっしゃった

>ですが、さらにそのサイトから別のサイトに行くとき、
>また一々リサイズを要求したり、別のウィンドウを開く
>(閉じる)ことを要求することになります。
>要するに「かったるい」ので、「ボクは」良い印象を持ちませんし、
>たぶん、同様の感想を持っている方も多かろうと想像します。

のことを指しているのですか?
だとしたら、カヅサツさんがおっしゃった「かったるい」から推測して、
閲覧者にとってそれほど重大で深刻な弊害ではないと判断し、
感情的な観点の範疇だと解釈しています。

また、カヅサツさんがおっしゃった

>リソースを食うので勘弁して欲しいというのが正直なところです。

については、閲覧者にとって重大で深刻な弊害にあたると思いました。
リソースの消費を気にしなければならない環境にいる人を気の毒だと
思いました。

riskさんの示したところと違うところでしたらご指摘ください。


risk [WriteDate : Sat Jun 9 17:10:44 2001]

>ユーザビリティの観点とはカヅサツさんのおっしゃった
(略)
>のことを指しているのですか?
です。
本題:
・リサイズを要求する。
・別のウィンドウを開く(閉じる)ことを要求する。
ことをカヅサツ様は「かったるい」と形容されましたが、総じて全てが「かったるいから嫌いだ。」という感情的結論には結びつかないような気がします。
他のアプリケーションを同時使用している時や、同時に複数のサイトにアクセスしている時、複数のウィンドウを並べて閲覧する時などに、かなり「使いにくい」状況が生まれるかと推測するのですが。

どい様がそれらを全て踏まえて尚その表現に拘りたいのならば、やはりどこかで見切りをつけるのもアリではないでしょうか。
ですから、合意か否かを促すページを設けるという方法は対処法としては成り立っているのではないかと。


カヅサツ [MAIL] [URL] [WriteDate : Sat Jun 9 18:15:16 2001]

> ところで、カヅサツさんのおっしゃる「WWW (HTML)の本質」は
> よくわからないのですが、アクセシビリティのことを
> 指しているのでしょうか? よかったら教えてください。

HTML 文書は「普通に記述していて」「バグのない UA」であれば、
基本的に「普通のテキスト文書に比べて」どんな環境でも情報を
「それなりに」取得できます。まさにそのための規格です。

で、わざわざそれに反したテクニックを使わなければ
表現したいものが表現できないと信じているならば、
お好きなように、と思います。

例えば画像は必ず代替手段(ALT属性その他)が必要ですが、
自分のイラストを公開するのが目的の人は、
全盲の人に配慮できないでしょう。

JavaScriptサンプル集の配布が目的のページに
JavaScript未対応環境で閲覧することはあまりないでしょう。

そしてウィンドウサイズが固定された別窓を開いてみせることが目的であり、
内容よりも優先されるのであれば、ガンガンやるべきです。

> この根性は腐っていますか?

などと不安になる必要はありません。


どい [WriteDate : Sun Jun 10 01:44:18 2001]

テキスト以外の形式のデータには、同じ役割や意味のある
テキストデータを、alt属性やリンクなどで代替データとして
用意しておくだけで、多くの人がそれを利用できるということは
理解できます。

さらには、文書構造とその表示方法を分離することが望ましく、
それによってアクセシビリティが高くなるということも理解できます。

私の主張したい表現は、まさにカヅサツさんが提示した例にあたる
わけで、代替は代替でしかなく、私にとっては代替では表現する
意味があまりないのです。
また代替を考慮することは最初に述べたとおりめんどくさいのです。

では、なぜそれを表現する手段としてHTMLを使っているのかと
聞かれると、私にとって身近で便利だからとしか答えようがありません。

そもそも、ここで質問したのも、

なぜHTMLの本質から外れる表現手法が実現可能なのか?
それは、すでに収拾がつかないから?
またはその手法(効果)を認めざるを得ないから?
それとも一般社会への普及とHTML(インターネット)の理念?との
ジレンマで放置しているだけなのか?

という点で、是非に確信が持てなかったからです。


そしてみなさんが異口同音におっしゃっているように、

制作者がいいと思えば好きなようにやるのがいい、
でも弊害があると思っている人は少なくない。

のであれば、HTMLの本質(理念)は形骸化しているようにも思えます。

いろいろと考えさせられました。
ご回答くださった皆さんには感謝しています。
どうもありがとうございました。


カヅサツ [MAIL] [URL] [WriteDate : Sun Jun 10 04:14:24 2001]

> なぜHTMLの本質から外れる表現手法が実現可能なのか?

実現可能であることと、本質からはずれることは同義ではありません。
ハサミは紙などを切るためのもので、普通はクギ抜きのために作られていませんが、
クギ抜きとして使うことは「実現可能」です。
しかし、それが多くの人間がそう使うことになっても、
ハサミの本来の用途はやはり変わりません。

あるいは、クギを抜くならクギ抜きを使った方が便利だよ、と言わざるをえませんが、
「私にとって身近で便利」ならばハサミをクギ抜きとして使うことは誰にも止められません。

# もちろんこれは
# 「実現可能であることと、本質からはずれることは同義ではない」の比喩であって、
# すなわち HTML と表現に簡単に置き換えられるものではありません。

> 制作者がいいと思えば好きなようにやるのがいい、
> でも弊害があると思っている人は少なくない。

> のであれば、HTMLの本質(理念)は形骸化しているようにも思えます。

え! なんでですか?
「少なくない」んですから形骸化はしていないと思うんですが。
「少ない」んなら形骸化していると思いますけれど。

ボク(ら)は、WWWで何かを発表する方々は、
たぶん、可能ならなるべく多くの人にソレを伝えたいと考えている、
のではないかと思います。
少なくともボクにとってはこれが前提です。

で、もしそうなら「○○は不親切なので止した方が親切かもしれません
(普通にやる、あるいは××にするのはどうですか?)」
などと(言い方に関する議論はまた別のハナシ)、「注意を喚起」するのは
やってもいい、あるいは、やっておきたいことです。ボクにとっては。

でも、この「やってもいい、やっておきたい」ことの前提は、
あくまで、「可能ならなるべく多くの人にソレを伝えたいと考えている」
ですので、それに相反する(関心がない、目的でない)ならば仕方のないことです。

が、少なくとも、10人いたら4〜5人くらいは、いやもっと少なくてもいいんですが、
なるべく多くの人に情報を伝えることが出来る技術に関心があるのではないか、
そして、この掲示板はそういう方々のためのものではないかと思います。
ですから形骸化しようがしまいが、ボクは実はどうでもいいんですよね。
そういうのに関心がない方々に対しては「ボクは」お役に立てないだけで、
足を引っ張るつもりは毛頭ありません。


l-_-l [MAIL] [URL] [WriteDate : Tue Jun 12 11:11:42 2001]

文書(サイトデザイン)を『見せる』と『読ませる』というそれぞれのこだわりが齎すジレンマでしょうなぁ。

どいさんの(ような)考え方も間違いではないと思う。ただ、それがどちらかというと一般的なWebというものに向いていないというだけのこと。

サイズ固定に嫌悪する人もいるし、その逆も決してゼロではないはず。

…嫌いだけど。

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