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ちゃいちゃん天使のページ

ちゃいちゃんの軌跡と奇跡


ちゃいちゃん

◆ もくじ

プロローグ

人は皆、必ず死にます。これは避けて通れません。ただ早いか遅いかの違いはありますが...。 ちゃいちゃんは、たまたま少し早かったです...。

また、見方を変えると人はみな生かされています。人は空気や地球がなければ生きていけないわけです。 つまり、人は大宇宙に生かされているわけです。 生かされている以上、大宇宙は人に何か使命を与えていると思われます。

ちゃいちゃんは3才の終わり頃からボンポンで鼓笛隊に入り、亡くなる4日前まで、 東京吉祥寺の「花祭りのパレード」でガード(旗振り)として活躍していました。 また、小学3年生ぐらいから三鷹囃子保存会に参加して、地域の文化活動を支援していました。 しかし、ちゃいちゃんは小さくて可愛いけど目立つ子ではありませんでした。

そんな、ちゃいちゃんのお葬式に700人もの参列者が来てくれて、別れを惜しんでくれました。 たぶん、ちゃいちゃんは生前にその人たちへ目に見えない宝物を残して行ったからでしょう。

つまり、ちゃいちゃんの使命は「見えない宝物」を係わったすべての人に残すことだったのです。

では、「見えない宝物」とは何でしょう。

それは、小学校卒業式(3/24)で一人ずつ卒業証書を受け取ったときに発表する一言コメントで、ちゃいちゃんは...。

「中学でも新しい友達の良い所をどんどん見つけて行きます!」って放ったのです。壇上で...。

つまり、「見えない宝物」とは人の良心を輝かせることだったのです。 もう、まさに天使と云うほかありません!

また、ちゃいちゃんの一生は一生懸命そのものでした。 親の口癖は、「そんなに勉強すると体を壊すよ」とか「親に似ず、なんでもできる子」って感じです。 毎日、毎日を本当にすべてのコトに対して頑張っていました。

「一生懸命そのもの」といってもイメージがわかないと思いますので、実例を示します。

このように、「一生懸命生きること」と「人の良いところをどんどんみつけること」を実践したちゃいちゃんでした。

そして、卒業式から十数日後(4/6)、ちゃいちゃんの魂は小さい体では支えきれなくなって、 とりあえず一度、天へ帰り、つぎのもっと大きな人に変るべく輪廻していったのかも知れません。

しかも、私たち家族へ悲しまないような不思議な出来事をたくさん残して...。 「悲しまないような不思議な出来事」は追って発表していきます。 とにかく、不思議な出来事がたくさんありました...。いや、まだ続いています...。

ちゃいちゃんって本当に凄い子でした...。

不思議な出来事

今思うと、ちゃいちゃんが亡くなる1ヶ月前ぐらいから、そして今も、不思議な出来事がたくさんありました。 それを一つ一つ拾い集めここに紹介致します。

それらの出来事がなぜ起こったか、もしかしたら、生前にすでに命日(4/6)は決まっていて、 ちゃいちゃんの一生が命日(4/6)に向かって集約していったような気がします。 つまり、ちゃいちゃんの一生の総まとめがここ一ヶ月の間に起こっていて...、 今思うと、死を回避できない運命を感じました...。

自転車と宿題と禁煙(亡くなる一ヶ月前から)

亡くなる一ヶ月ぐらい前から、ちゃいちゃんは欲しかった物をポンポンって感じで、すべて手に入れました。 すごく不思議です。あたかもこの世に未練を残さないように...。

3年越しに欲しがっていた自転車や勉強机、洋服、その他いろいろすべてです。 家はビンボーなので買えなかった自転車をママ方のお祖父さんが見かねて買ってくれました。 勉強机はビンボーだけどやっと家で買ってあげました。 しかし、ちゃいちゃんは自転車はほんの数回乗り、勉強机はまだ梱包の状態で、亡くなってしまいました。

また、学校の宿題である、歴史スケルトン(歴史文字当てクイズ、すごく難しい)と百人一首暗記を卒業式の前まで一生懸命やっていました。 それはもう、親が思うに、卒業してしまうのになんでここまでやるか〜、って感じでした。

この出来事は、ちゃいちゃんが亡くなってから私達を悲しませないように起こした奇跡の一つだったのかも知れません。 つまり、ちゃいちゃんは「この世に未練はないよ」っていうメッセージだったのです。 確かに、この出来事を思うと、悲しみがすーっと薄らいで行くのが実感できました。

あと、結果的にちゃいちゃんの最後の父親孝行になってしまった出来事があります。 私は、意志が弱く何度も禁煙に失敗していました。そんなある日...。 一階と2階の階段の所でいつものようにタバコを吸っていると、ちゃいちゃんが二枚の写真を持って来て、 「こちらがタバコを吸っている人の肺(真っ黒な肺)で、もう片方は吸わない人の肺、こんなに違うのよ」って...、 タバコを止めるように勧めてくれました。禁煙したい気持ちはいつもありましたので、これを機会に止めました。 しかし...、まさか...、これが...、ちゃいちゃんの...、最後の...、父親孝行なるとは...。 ちゃいちゃん、ありがとう...。

小学校の卒業式(3/24 亡くなる2週間前)

3月24日はちゃいちゃんの小学校の卒業式で金曜日、平日です。 前々から、ママにこの日は、子守りで会社を休んでねって云われていました。

私とちゃいちゃんはこの時期大変犬猿の仲でした。(ちゃいちゃんがパパを目の敵にしていた) それは、お年頃になった娘と無神経な父親のごく普通の関係でした。

この日、当然のごとく、ちゃいちゃんはパパへ「パパは卒業式に来ないでね」と言いました。(犬猿の仲ですから...) またこの日は、たまたま、人気ソフトの発売日で10時にイトーヨーカドーで買うように、弟のやっ君にせがまれていました。 卒業式も10時が開式です...。

私は、なぜか、卒業式に行きたくて、いてもたってもいられず、やっ君ともう一人の弟まちゃを連れて、 人気ソフトを買いにイトーヨーカドーへ行き、そして買い、急転直下家へ戻りました。 そして、Gパンのまま卒業式へ駆けつけました。

そこでは、すでに、卒業生が一人ずつ、壇上に上がり、卒業生証書をもらっていました。 ちゃいちゃんの番はもう終わってしまったかな...っと思った瞬間、「コイケサユリ」と呼ばれ、 卒業式のちゃいちゃんを見ることが出来ました。 私の中では奇跡です。だって、数秒遅れたら見れなかったのですから...。

卒業生証書をもらった後、皆、一言コメントを発表しますが、ちゃいちゃんは...。 「中学でも新しい友達の良い所をどんどん見つけて行きます!」って放ったのです。壇上で...。 この時は、正直、ちょっと変ったこと言うなって思いました。私は...。

あと、この日の朝、卒業式のために買った正装で、写真を家の前で何枚か撮りました。 犬猿の仲ですが、なぜか、愛想好く応じてくれて、不思議でした。 そして、この時の一枚が、まさか、お葬式の写真になるとは...。 しかも、その写真だけ、ほのかに丸い明かりが写っているんです。本当に...。 それは、ちゃいちゃんの魂ではないかなんて思ったりしています...。

鼓笛隊、花祭りパレード(4/2 亡くなる4日前)

4月2日、日曜日、東京吉祥寺で「お釈迦様生誕を祝う花祭りのイベント」がありました。 ちゃいちゃんは、鼓笛隊でパレードに参加し、弟のやっ君とまちゃ君はお稚児さんのイベントに参加しました。 私達親はお稚児さんのイベントの方に付き添いました。

花祭りは毎年あり、ちゃいちゃんは3才の時からでずーっと参加していて、珍しいことではありませんでした。 しかし、なぜか今年はちゃいちゃんのパレード姿を見たかったのです。不思議に...。

そして、2時が最後のパレード開始時間で、お稚児さんのイベントが終わるのが2時の予定でした。 しかし、お稚児さんのイベントが長引き、パレード開始時間を過ぎてしまったのです。 そして、お稚児さんのイベントが終わってから吉祥寺の商店街を捜しまくり、やっとのことで、 パレードのちゃいちゃんを見ることができました。

あとから、「なぜか今年はちゃいちゃんのパレード姿を見たかった」とお祖母さんに話すと私も同じだったと言うのです。

また、ガード(踊り)でソロでのパートがあるのですが、今年はちゃいちゃんが輝いていて、はじめてソロを取ったとの、ことでした。 あと、亡くなった後で、この時の写真を見せてもらいましたが、本当に輝いているのです。 それは、それは、ロウソクの炎が消える前に輝くように...。

まさや君との約束(4/5 亡くなる前日)

花祭りパレードの次の日は、パレードのご褒美に葛西の公園へ鼓笛隊のメンバーで行くことになっていましたが、 ちゃいちゃんは、吐き気を伴なう微熱が出て行けませんでした。家で休んでいました。

通常、ちゃいちゃんは風邪などは、1日か2日で治ってしまう子なので心配はしていませんでした。 しかし今回は、4/3、4/4と治らず、4/5の夜、救急で日赤(日本赤十字)病院へ連れて行き診断してもらいました。 結果はやはり、今流行りの「吐き気を伴なう風邪」ということでした。

そして、日赤病院の帰りに、ちゃいちゃんを乗せたまま車で、某会の三鷹教会へ行きました。 家は某会に入会していて、お兄ちゃんのヒロ君が学生部にいっていて、ついでに迎えにいったわけです。

その時、青年部のまさや君が「ヒロ君とちゃいちゃんは 4月8,9日 の学生部練成へ参加できますよね」って尋ねてきました。 まさや君とは滅多に話した時がないのに、不思議だなと思いながら、ちゃいちゃんは今、車の中で寝ているし、 もしかしたら、ちゃいちゃんは駄目かなぁと思いながらも、不思議な気持ちで「大丈夫です」って答えました。 ちゃいちゃんは中学生になって少年部から学生部になったばかりで、今回の学生部練成をすごく楽しみにしていました。

そして、家に帰ってきて、風邪なので、ちゃいちゃんを寝かし付けましたが。 ちゃいちゃんは、どういうわけか息が苦しくなって、なかなか寝てくれず、ママは寝かし付けに疲れてしまい、 パパと交代しました。朝方の3時前後のことでした。 交代してからも、しばらくは寝れなかったのですが、結局、ちゃいちゃんとパパは何年かぶりに添い寝を1時間ぐらいすることが出来ました。 普段は犬猿の仲なのに、どういうわけかこの時、ちゃいちゃんがすごくやさしいかったのです...。 この時の何か訴えているような「ひとみ」が今でも忘れられません...。 今思うとその時、私に、この世のお別れを云っていたのかもしれません...。

また、ちゃいちゃんが亡くなった(4/6)あと、学生部練成にちゃいちゃんの告別式が組み込まれて、 結果的に、ちゃいちゃんは楽しみにしていた学生部練成に参加できてしまったのです。あら不思議! 私が不思議な気持ちで「大丈夫です」っていった約束が、うそでなくなってしまったのです...。 どうですか、この不思議...。

突然の死と小犬のテレカ(4/6 亡くなった日)

その日の朝が来ました。

朝一番で、沙友里(ちゃいちゃん)を病院へ連れて行きました。7時40分ぐらいでしょうか...。 家から、車まで おんぶして車に乗せ、タオルケットを掛けてあげ、「さゆり大丈夫か」って声を掛け、沙友里は小さな声で「うん」言いました。 結果的に、この会話が私と沙友里の最後の会話になってしまいました。病院へはお母さん(ママ)が連れて行きました。 この時点では、歩こうとすればまだ自分(沙友里)で歩けましたが...、まさか、亡くなるなんて夢にも思っていませんでした。

病院へ向かう途中、車の中で、お母さんは沙友里に「お父さんにもっとやさしくしてあげてね」って言うと、沙友里は「うん、わかった」って言いました。 病院で、検査中に心臓発作を起こし、驚いて、お母さんが私(お父さん)へ電話をしてきました。 ただ事でない口調におどろき、タクシーで病院へ駆けつけました。私は...。 しかし、すでに沙友里は意識がなく、お医者さん達は懸命の手当てをしていました。

お母さん(ママ)は私(パパ)に家と実家に電話して「祈願供養」をしてもらうように言いました。 すぐ、私は病院で公衆電話を捜し、電話する前にテレホンカードを自動販売機で買いました。 そのとき、二種類あるうち、なぜか「かわいい小犬のテレカ」を選んでしまったのです。(40過ぎのおじさんが...)

そして、沙友里はICUへ移され、お医者さんと家族での2時間に及ぶ懸命の手当てと叫びも虚しく、11時20分に天使になってしまいました。

それは、それは、本当に突然で...、どうしようもなく...、夢であって欲しい...、言葉では伝えることはできない...。 それから後は、記憶があまり定かではありません...。 お母さんが最後に聞いた沙友里の言葉は、発作が起こった後に、しばらくして、お医者さんへ「私、治りますか」って言ったそうです。

とにかく、家に帰ってから、小学校の校長先生やご縁のあった先生方、入学式するはずだった中学校の校長先生がすぐ来てくれて、 沙友里の死をとおして命の尊さを小学校と中学校の明日の入学式で話してくださることになりました。

そして、中学校の校長先生は、あたかも沙友里が生きているように席も名簿もそのまま扱って下さいました。 また、小学校の担任だった長田先生は生前の沙友里の生き方を称え、学級通信(すばる)の号外を出して下さいました。 本当にありがとうございました。

納棺の時に、ママが、棺に入れるので、テレカが必要って言いました。確かに天国から電話をしてきて欲しいですよね。 その時、だれもテレカを持っていず、あっそうだ、先日買った、「かわいい小犬のテレカ」を差し出しました。 おーっ、沙友里、この為に、パパに買わせたのか...。って思いました。ちょっとまだ生きているみたいで、不思議でした...。

弟やっ君の夢(その1) と パパの夢、そして中学入学式(4/7)

亡くなった日から数日は、とにかく気が動転して、あまり憶えていません。 たしか、義妹のサチコが泊まりに来てくれたと思います。 その夜、私は、深い悲しみの中で、うつらうつらしながら、短い夢を見ました。

羽衣をまとった天女か観音様が空中に浮いていて、そこに、登って行く子供の夢でした。

登って行く子供が沙友里だったかどうかはわかりませんが...。

また、ちゃいちゃんの弟のやっ君も夢を見ました。 こちらはかなり具体的な夢で...。

家の前でやっ君が遊んでいると、ちゃいちゃんが来て、そして、やっ君が、 「ちゃいちゃんはもう死んじゃったんじゃないの」って言ったら、ちゃいちゃんは、 「ちゃいちゃん、死んでないよ!」って言ったそうです。 そして、難しい縄跳びの仕方を教えてくれたそうです。

この二つの夢でわかった事は、ちゃいちゃんは「かぐや姫」見たいに天国へ帰って行ったけど、 「ちゃいちゃん、死んでないよ!」って、やっ君を通して、ちゃいちゃんがメッセージを送ったのだと思います。

確かに、目をつぶると、ちゃいちゃんは心の中に生きています。

この日は、ちゃいちゃんが楽しみにしていた、中学の入学式です。 前日に校長先生が来てくれて、ちゃいちゃんは入学式に参加できることになりました。 亡くなった日が、一日遅れていたらたぶん参加できなかったでしょう。 ある意味で、絶妙なタイミングで亡くなりました。 そして、沙友里の死をとおして、命の尊さを入学式でお話しできたのですから...。

あと明日のお通夜が、4月8日、お釈迦様の誕生日です。 まぁ、お釈迦様の生まれ変わりとは云いませんが...。不思議です...。

弟やっ君の夢(その2)と初登校、そしてお通夜の日(4/8)

きょうは、お通夜の日です。 朝起きて、やっ君がまた「ちゃいちゃんの夢」を見て、お話しをしてくれました。

やっ君が忍者のように煙りの中からドロンと現れると、そこはお花畑で、ちゃいちゃんはバスケットボールをしていました。

やっ君が「バスケ教えて」と言うと、ちゃいちゃんはゴール下から反対のゴールへシュートをしたらゴールに入ったそうです。

やっ君が驚いて「なんでそんなに上手なの」って言うと、ちゃいちゃんは「天国の人はみんな勉強もスポーツもできるし、なんでも思い通りなる」って答えたそうです。

そして、お兄ちゃんの夢にも出て上げてってお願いしたそうです。(前日の夢をお兄ちゃんに話したときに頼まれたため)

私は、ちゃいちゃんは、やはり天国へ行ったんだなぁ思い、「天国の人はみんな勉強もスポーツもできるし、なんでも思い通りなる」は、それらしいなぁと思いました。 あと、これは亡くなってからわかったのですが、沙友里が残した資料の中に、「赤ペン先生のお便りコーナー」があり、 そこで、中学ではバスケットボール部に入りたかったことが2回も書いてありました...。

お通夜は多麿葬祭場で行う為、家から出棺する時間(14時ぐらいでしょうか)が来ました。 棺に沙友里と沙友里ゆかりの品を入れ、お別れ支度をし、寝台車に乗せました。

寝台車はスタートし、家を出ましたが、どういうわけか、多麿葬祭場とは反対の方向に曲がって行ったのです。 そのとき、同時に、誰かが、沙友里は中学校へ行きたかったんだよねって言いました。

寝台車は反対の方向に曲がったので、ぐるっと回って来るところを捕まえて、 小学校経由で中学校へ行くことが出来てしまったのです。あら不思議! しかも、捕まえたとき、幹線道路を15メートルもバックしたのに、この時、この車線には車は来ませんでした。 そう、中学校への入学式も前日に出て、かつ今日は、初登校までしてしまったのです。沙友里って凄い!

お通夜は6時からで、当初、お通夜と告別式で150人を想定していましたが、 なんと約700人の人が来てくれて別れを惜しんでくれました。 お経が終わってからも参列者が絶えず、改めて沙友里の凄さを感じました。

うさちゃんぬいぐるみとパンケーキ、そして告別式(4/9)

お通夜の日の夜は、多麿葬祭場へ泊まりました、当初、ちび達は親戚に預けて、家内と二人で泊まる予定でした。 ところが、なんとなぜか、ほぼ親戚全員が泊まる事になってしまったのです...。ちょっと窮屈...。 これも、ちゃいちゃんが天国から司令を出して、みんなに泊まってもらいたかったのだなぁ、と思いました。

告別式の朝早く家へ掃除に行く事にしました。(告別式が終わった後、家にお骨を安置するため) 私とお祖父さんとヒロ君の3人で行きました。掃除が終わった後、「うさちゃんぬいぐるみ」がありました。 これは、昨日、「棺に沙友里と沙友里ゆかりの品を入れる」時、形見にそこから私がとってしまった「ぬいぐるみ」でした。 この「ぬいぐるみ」は、私と沙友里の間ではもの凄く思い出のある「ぬいぐるみ」だったのです。(話すと長くなる)

ヒロ君はこの「ぬいぐるみ」を棺に絶対入れろって脅かすのです。 私も、ぬいぐるみを持つ年ではないし、これも天国から司令をだしているのかなぁと思い、 ぬいぐるみを持って、多麿葬祭場へ向かう途中、ヒロ君は今度、マクドナルドのパンケーキが食べたいと言いました。 「なんで食べたいの」と聞いたら、沙友里が大好きだったからと答えました。 おーっ!、また、司令をだしたのか〜って思いマクドナルドでパンケーキを買って多麿葬祭場へ戻りました。

告別式は10時からでした。やはりたくさんの人が別れを惜しんで来てくれました。ありがとうございます。 葬儀屋さんも前日の事があり、スムーズに事ははこびましたが、それでも決まった時間内に終わる事が出来ず、 異例の、火葬時間を10分ずらすことになってしまったのです。あと、弔辞も多麿葬祭場では異例で、外での弔辞なってしまったのです。 あまりに参列者が多く、霊柩車も定時に付くことをためらってしまったとの事でした。

ますますもって、沙友里って凄いなって思いました。

ママの誕生日へ天国からのプレゼント(4/24)

告別式の日を過ぎても毎日、弔問にみなさん来てくれて本当にありがとうございます。 ご霊前には、つねにたくさんのお花と御菓子が上がっていて沙友里は本当に幸せです。

不思議な話もまだまだたくさんありますが、この辺でおわりにしたいと思います。

最後に、ちょっと...。 4月24日は、ママの3x才の誕生日でした。

ママは、最近、買ったばかりの筆箱をなくして、どうしても見つからないで困っていました。 そこで、ちゃいちゃんは、ママへ「誕生日のプレゼントに買ってあげる」と言ったそうです。

そして、ちゃいちゃんはママと一緒に中学へ行く準備をしていました。 ちゃいちゃんは新しい筆箱を自分のために買いました。 その筆箱は、可愛いアルミの弁当箱みたいな形で、なにもデザインしていないプレーンなものでした。 それを、ちゃいちゃんとママは二人で、シールを貼りデザインしました。 そして、新しく買った登校カバンに他の物と一緒に入れて、中学の準備をしたのです。

あとは、ここまで読んだ皆さんはおわかりですね。準備したものは不要になってしまいました...。 その後、その筆箱は、ちゃいちゃんの形見としてママが使っています。 あたかも、誕生日のプレゼントのように...。

そして、ちゃいちゃんとママの二人で筆箱に貼ったシールは、なんと、かわいい小さな天使のシールだったのです...。

あと、ちゃいちゃんが亡くなってからいろいろわかってきた事があります。 これは、ちゃいちゃんと係わったみなさんはもちろん、私も一番知りたかった「なぜ約13年で、突然だったのか」の正体が 少しずつ見えて来ました。追ってご報告致します...。

天国からのプレゼント パートU(5/12)

5月12日は沙友里(ちゃいちゃん)の13才の誕生日です。

お友達がたくさん家へ遊びに来てくれました。本当にありがとうございました。 その中に、親友の一人「まんな」がお母さんと一緒に来てくれました。 (ちゃいちゃんが「まんな、まんな」と呼んでいたので、ここでも「まんな」と呼ばせて下さい。)

「まんな」は「ちゃいちゃん」が天使のコになってしまった次の日に、やっ君と同じく夢を見ました。 (以下は、まんな がゲストブックに書き込んでくれたメッセージをそのまま引用いたしました。)

・・・・桜が満開に咲いて、空までピンクになっている様な、ピッカピカに晴れた日、初めてちゃいちゃんに出会い、ちゃいちゃんとバイバイしました。

この夢も、ちょうどそんな日でした。

学校の帰り、いつもちゃいちゃんと一緒だった私は、なぜか1人で帰っていました。 ちゃいちゃんを探しながら,,,,。 ちゃいちゃんを探して歩いているうちに、学校の桜の木の前でピタッッと足が止まりました。 すると、学校には誰もいなくなって、右の方に、桜より濃い色のピンク色がチラッとだけ見えました。 まんながハッて思って右を見ると、ピンクの服のちゃいちゃんが立っていました。

「ピンクの服を着ると、降りてこれるんだ。だから、まんなとこれからも一緒にいられるよ」と笑って言いました。

・・・・・・・少し悲しくなったけど、これからもちゃいちゃんと、ずっと一緒にいれる。 ちゃいちゃんがそばにいてくれるなと思って、ちゃいちゃんと一緒に、ちゃいちゃんの分も頑張れるって思ってます。 ピンクのカワイイほっぺをして、ニッコリ笑って、ピンクの服を着て、遊びに来てね。 今も、ピンク色の透き通った、キレイなちゃいちゃんの心は、まんなも持ってるよ。

「ピンクの服を着ると、降りてこれるんだ。〜」は凄くいいこと聞いた気がしました。 そして、お葬式のとき本当に桜が満開で...。

そんな「ちゃいちゃん」の誕生日に来てくれた「まんな」へ「ちゃいちゃん」のお母さんは、ある誕生日プレゼントを手渡したんです...。

「まんな」の誕生日は4月14日です。「ちゃいちゃん」より一足先に13才になりました。

「ちゃいちゃん」は生前に「まんな」への誕生日プレゼントを買っていて、お母さんはそのことを知っていました。 そして、「ちゃいちゃん」が亡く(4/6)なってから、お母さんは、早く「まんな」に渡したかったのですが、なかなか渡せず...。

「ちゃいちゃん」の誕生日にやっと「ちゃいちゃん」からの「まんな」への誕生日プレゼントを渡すことができたのです...。

そして、私は「まんな」にも「ちゃいちゃん」の残した言葉。

「中学でも新しい友達の良い所をどんどん見つけて行きます!」

を実践してもらい、ちゃいちゃんの代わりに素敵な中学校生活を送ってほしいと思いました。

他にも、「ちゃいちゃん」が生前に書いた手紙などがあり、まだ渡せないお友達もいます。 また、お祖父さん、お祖母さんへも手紙を書いていて、その事を知った時、なにか不思議な気持ちになりました。 みなさんは、どう思いますか...。


PS. 後日、まんなのお母様からメールを頂きました。 そこには、...。

まんなも中学校生活にすっかり慣れました.いろいろな友達がふえるたびに“いいところを沢山見つけたい”という真里奈の言葉にいつも目頭があつくなります。

私の魂が震えました...。天使のメッセージは確かに引き継がれました...。ありがとう!

「卒業アルバム」と「心にしみるお言葉」(6/7)

6月3日に埋葬がありました。

前日は一日中(夜の11時まで)、親しかった方々が次々とちゃいちゃんに逢いにきてくれました。 ちゃいちゃんのまわりは可愛いお花で埋め尽くされ、改めて、ちゃいちゃんの凄さを感じました。 そして、無事埋葬が終わり、6月4日に小学校の運動会があり、そこで卒業アルバムをもらいました。

それをなにげなく見ていると、卒業式の壇上でのスナップ写真が一枚だけありました。 そして、よく見るとなんと壇上にいるのは、ちゃいちゃんではないですか!!

そう、例の「中学でも新しい友達の良い所をどんどん見つけて行きます!」を放った瞬間だったのです。 卒業生は50人以上もいるのに、ちゃいちゃんなのです!

やはり、ちゃいちゃんが真理を説いたので、神様、仏様が気を利かせたのだなぁ...と思いました。

話のつながりはないのですが、次の日の朝、テーブルに一枚の紙ぎれが置いてありました。 なにげなく、広げてみるとそこには、以下のメッセージが書いてあったのです。

あなたが乗り越えられないような苦労を、神仏はけっして与えられません。
それは、あなたがそれに耐えて成長していける人だから与えられる試練です。
いつの日か「あのときの悲しみ、あのときの苦しみのお陰で、いまの私がある」
と思えるときが必ずくるものです。  合掌  平成12年元旦

今の私にとって、これほど心にしみるお言葉はなく、涙を押さえることができませんでした。 ちなみに、このメッセージの紙は長男ヒロ君が元朝参りでもらったもので、たまたま、この日に出てきました。

いや〜、不思議なことが起こること...。

エピローグ そして、ちゃいちゃんが残した宝物

12才で、亡くなる4日前まで、元気に「花祭りのパレード」に参加していた「ちゃいちゃん」が、突然亡くなるなんて、

どんな理由があったとしても納得いくものではありません。あきらめが付く事ではありません。 しかし...。

ちゃいちゃんが亡くなってから、ちゃいちゃんの残したノートに、ある重大な事実が記録されていたのです。

普通の人の脈拍数は、一分間で70前後です。それが、ちゃいちゃん場合は100以上あり、運動後はなんと190なのです。 しかも、少なくても、5年生の時からずーとその様な状態だったみたいなのです。 これは、医学的に頻脈といって、運動などをしてはいけない状態なのです。 それが、ちゃいちゃんの場合は普通の状態だったのです。

つまり、この様な特異体質だったことが、心臓にかなりの負担をかけ、心臓が弱っていたと思われるのです。 この状態で、パレードとその練習、卒業式、最後までやり通した宿題、ウォーキング大会などを 亡くなる日まで、知らずにやり遂げたことは、本人にしても幸せだったと思います。

ちゃいちゃんは、この様な心臓で、力一杯生き、力一杯勉強し、走り、踊り、太鼓を叩き続けたのです。 きっと、ちゃいちゃんは幸せだったのでしょう。

もう、過去は振り返りません。あとは、ちゃいちゃんが残した宝物。

「人の良い所をどんどん見つけること」「一生懸命生きること」

の言葉を、みなさんの「こころ」にきざんで欲しいのです。そして、実践して欲しいのです。 この言葉の中に、ちゃいちゃんが生き続けているのですから...。

最後に、ここまで読んでくれたみなさん、本当にありがとうございました。 私も、だいぶ 「こころ」の整理が出来ました。

「人の良い所をどんどん見つけること」「一生懸命生きること」を実践して、短いながらも充実した人生を送った、 ひとりの少女がいたことを忘れないで下さい。

そして、私は、この言葉を一人でも多くの人にお伝えしたいのです。 だって、それが、ちゃいちゃんへの一番のプレゼントなのですから...。

ちゃいちゃん、約13年間ありがとう...。


PS.

やはり、ちゃいちゃんは、中学入学式前日になくなり、ものすごい無念さがあったと思います。 楽しみにしていた中学では、バスケットをし、将来的には女医さんになって病気の人を救う夢...。

どうしたら、安らかに眠ってくれるのでしょうか...。 でも、お葬式の時の安らかな寝顔、無念さは無かったのかなぁ...。 私には、わからない、わからない、わからない...。

とにかく、「人の良い所をどんどん見つけること」「一生懸命生きること」をネット上に広め、 ちゃいちゃんの供養としたいのです。 みなさん、ご協力(リンク)よろしくお願い致します。

私が出来る事はこのぐらいなので...。


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